創造の対価




なにもないところから創造する瞬間、お金は発生しないかもしれない。
ひらめきやアイディアの類に似ているかもしれない。


しかし、それが作品なりなんなりとして価値がつけられたとき、それは「無料」ではない。


ひとつのことを創り上げたとして、それがすべて自分ひとりでやったのならば、それにいくらの価値をつけて売ろうがその人の勝手だ。
でも、それに関わったひとりが「有名」でも、その作品の代表者、責任者ではないはず。
価値を決めるのはその人ではない。




最近、趣味でイラストや小説を書いている人たちの近くにいることが多いので、ちらりほらりと聞く、「安く、あるいは無料で」なにかを作って!と、あまりに気軽に頼む人とのトラブルについて思い出していた。

私は絵が描けないけど、うまい人はとてもうまい。
どうしてそんなにうまいんだろう、と考えてみたら、相当の時間を費やして「絵の練習」を積み重ねてきた、ということに行きついた。

さささっと描くと簡単に描いているように思われるかもしれないけれど、そこに行きつくまでのその人の努力とそれと共に向上した表現力を「短時間で簡単に描いたから無料」にはできない。



なんて、TwitterのTLを眺めたらそんなことをつらつら考えていた。


ちなみに、私は子どもに関わる仕事をしているが、親戚の集まりでそれを理由に子どもを押しつけられたときには相当むっとした。
その子が私に関心を持ち、「一緒に遊びたいな」と思ったのならまだしも、いかにも親が「面倒くさい」という感じで言ってきたから、ますますさ。
私はプロだ。
プロに頼むということは、料金が発生するぞ。
それに、仕事モードになったら大人に対しての態度とことば遣いがなってないから、そこから指導にはいるぞ。
親の目の前で親のことも含めての指導だぞ。
えぇんか?

と、すごんでしまいそうだったけど、大人だから止めました。ふふふ。








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