文章がうまい。ってどういうことだろう。



文章がうまい。
ってどういうことだろう。



ブログを書く目的として挙がることの多い「文章力向上」。
しかし、文章がうまい、がどういうものか、なかなか表現するのが難しい。
よって、国語や文学のテストは難しく、また面白いところでもある。


まずは、わかりやすい文章であることは必須かな。
何を言っているのかわからない文章をうまい、とは言えまい。

思春期の頃、例にもれずその頃読んでいたものに大きく感化された物語を書くような子であったが、勢いと雰囲気だけで書いていたので、1つの文章の最初と最後の主語が違うため大変わかりづらい文章を書いていた。
当然、友達に読ませても高評価はされなかった。

訓練されたのは、社会人になっての報告書と、これまた社会人になってからやった中学数学だと思う。
誰が読んでもわかるように。それも簡潔に。
そして、論理的に進めること。
卒論も書いたのに、大丈夫じゃったのか、あたし?


糸井重里さんに憧れて、彼の文章を読みまくった時期があった。
彼が何度も言うのは、難しいことばを使わない。というものだった。
しかし、どんなに平易なことばを使っても、私の文章がじんとくるわけでもなく、深みを増すものでもなかった。

簡単なことばを使ったわかりやすい文章。
だけでは「文章がうまい」にはなりそうにない。



ここから先は、「文章がうまくなりたい」という人はどうやって練習するのだろう?
本や他の人が書いたものをたくさん読みまくるのだろうか。
それとも、「文章力をつける」本を読むのだろうか。
あるいは、とにかく文章を書きまくるのだろうか。

私にはわからない。



まずは、言いたいこと、がはっきりしていると書きやすいよね。

それをまず、しょっぱなどこから書き始めるか、も大事よね。
自分でも最初の3~5行読んで、続きを読まないものはたくさんあるもの。

しょっぱなが決まったら、最後も決めなくちゃね。
きっちりオチをつけて、完全燃焼、スッキリ!まで書くのか。
はたまた尻切れトンボのような感じで余韻を残していくのか。

これらは、構成になるのかしらね?


文章を書く以前のことにいくと「なにについて書くのか」、題材とか切り取り方もあるよな。


それから表現力もいりそうだよな。
糸井さんってすごいなぁ、と思うことの一つに、「誰もが使っていることばなのにじーんと沁み込んで理解できる文章」を書かれるなぁ、ってことがある。
彼の場合は、物事のとらえ方・考え方がユニークで面白くて、「その発想は私にはなかった!」と自分の頭の固さを再確認させられることが多いのだけど。

表現力のつけ方、っていうのも、文章力と同じ、雲をつかむような感じだなぁ。




自分の文章は、やっぱり客観的に見られないので、うまいのかどうかわからない。
個性的であるのかどうかもわからない。
できたら、私じゃないと書けないことが書けたらいいなぁ、と思う。
その一方で、誰かがスッキリするといいなぁ、とも思う。

狙ったわけではないけれど、私が書いた文章に対して、「そうそう!それなの!」とその人の中でもやもやとしたものが、言語化されてスッキリした!と感想をもらったことがあって、嬉しかった。

きっと、私の文章を読む人をターゲットとして限定し、共感が得られるようなことを取り上げ、それについて書くとこういうことは起こりやすいのだろう。

ブログでも、「どの読者に届けたいか、ターゲットを絞れ!」とブログ論で書かれているのをよく目にする。
自分の場合、「んなものは、どーでもいいんだよ」と考えているし、それを狙って書いていたら、自分が書き進めたいものと違ってくるような気がしているのでやらない。



こうつらつらと挙げてみると、まずは文法や漢字などが間違っていない、わかりやすい文章を書くなどのテクニック。
それから感性や生き方を深めたり磨いたりテツガクしたりする人としての奥行きの深さ。
の2つにまとめられるんじゃないかなぁ、と思ってきた。


実際のところはよくわからないんだけどね。



写真はクレマチス。
こんな色合いの浴衣があったら、素敵だ。




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