オバマ大統領の広島訪問と憎悪を教わらなかったこと




2016年5月27日17:30頃、初めて現職のアメリカ大統領のオバマさんが広島を訪問した。
10分の原爆資料館視察のあと、平和公園の慰霊碑に献花し、スピーチをし、原爆ドームを対岸からご覧になった。



伊勢志摩サミット終了後のオバマさんの広島訪問は、ぎりぎりまで決まらなかった。
広島もやきもきしていた。

決まったら決まったで困ったことがおこった。
5月27日に修学旅行で平和公園の碑巡りを計画していた学校は、予定の変更を余儀なくされたし、広島市や県からは交通規制や警備強化の案内と協力の呼びかけがあった。

22日(月)あたりから、市内中心部には警官などの姿が増えた。
中には熊本県警の人もいらして、なんとも言えなくなってしまった。

空にはヘリの音が連日響いた。



私は中心部に住んでいないし、職場もそうではないので、特別変わったことはしなくてすんだ。
道が通れないもなかったし、職務質問もされなかった。

27日の夕方、ヘリとオスプレイを見た。
なんとなく緊張した。




夜、帰宅してNHKのニュースでオバマさんの広島の訪問の様子を見た。
彼のスピーチも聞いた。

難しい立場で、言いたいことを言いたいように言えないだろうなぁ、と思いながらも、上っ面の薄っぺらいことばじゃないなぁ、と聞こえた。


ニュースでは、被爆者の様子も放送していた。
大体は、謝罪を求めるのではなく、とにかくヒロシマでなにが起こったのか、見て聞いてほしい、というものだった。

それが被爆者の方の大半の意見ではないかもしれないし、憎悪している人もいらっしゃるだろう。


しかし、広島で生まれ育った私は、1度もアメリカを非難し、憎むようなことは教わってはこなかった。

原爆と核兵器がどんなことをもたらすのか、1度使えば後々どんな影響を及ぼすのかは教わってきたけれど、憎悪は教わらなかった。

それが普通だったので、大人になって随分してからそれを初めて意識したとき、「これはすごいことだなぁ」と思った。



私は広島に生まれたことがいやだったことがある。
夏が来るたびに、怖くて恐ろしい原爆の写真や話、映画を見さされるのはとてもつらいことだった。
大学生ぐらいのとき、他県ではこんな平和学習を行っていないことを知って、いかった。
「なんで、あたしだけこんなしんどい思いをしなくちゃならないんだろう!」

今でも資料館には入りたくないし、原爆のことを扱ったものを見ると具合が悪くなる。

それでも、憎悪は教わらなかったのだと。
素敵な教育を受けてきたのだと。
改めて感じた。


広島にいれば避けては通れないし、長い時間をかけて教わったことを他の人に伝えていかなくてはならないときもくるだろう。

そのときにも私は静かに受け留め、そして誇張せずに伝えていこう。
それから憎悪は伝えていかない。




写真は今年のフラワーフェスティバルにて撮影。
原爆資料館前にある「嵐の中の母子像」は、今日も子どもも守っている。




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■参考

オバマ大統領の広島スピーチ全文 「核保有国は、恐怖の論理から逃れるべきだ」


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