Hug! Hug! Hug!




旅先でたくさんハグをした。

ハグというものは、古くからの知り合いとはなんだか照れてしまってやりにくい。
ささーっと突風のように現れて、嵐のようにおしゃべりし、台風のように去っていく「客人」だからこそできるのかもしれない、日本では。




「さすが」とうなったのはやっぱりモレカウだった。

モレカウと愉快な仲間たちと遊ぶとき、
「やぁやぁやぁ」と彼は会場に入ってきて、
「きゃあ!生モレカウじゃー!」と興奮している私たちのほうにずんずん向かってくると
「モレカウと言えばハグですよ」とばばーんと両腕を広げた。

その「Welcome!」な様子に、こちらも照れもなにもなく素直に
「きゃー!やっとモレカウに会えましたー!よろしくお願いしますー!」
という気持ちで、こちらも腕を広げて「はぐはぐはぐ」と背中を軽くたたきあう。

私は下心があったので、「モレカウさまの匂いをかがなければ!」とくんかくんかしてたけど、モレカウの特別な匂いはしなかった。




ハグをするときには、照れてはいけない。
こちらが照れると相手も照れてしまうし、
ハグの文化がない日本でハグをすること自体が相当恥ずかしいことになっているので、
最終的にハグできなくなってしまう。


あとは大きく腕を広げること。


私は自分から手を差し出し握手をし、相手に近づいてから(?)腕を広げると、
大概の場合、私とのハグを受け入れてもらった。




なんでこんなにハグがしたいのか、自分でも明確なものを持っていないけれど、
ちょっぴりのヨーロッパ滞在の間に
「ハグは大切なもの」
と感じるになっていったみたい。


でも、フリーハグがしたいわけでもない。


感謝とか敬意とか「好きじゃ」という気持ちとか、あなたのことを思っているとか、私のエナジーをちょっぴり分けてあげたいとか、いろいろなシチュエーションでのことばにならない気持ちや思いをハグによって相手に伝えたいな、と思う。






写真は六本木ヒルズの足元にいたばかでっかい金属の蜘蛛。
一目見たときには「漂流教室」を思い出したけど(作品は見たことも読んだこともない)、
だんだんとこの「覆いかぶされるような圧迫感」のほかに「守られている感」を感じてきたのは、
作品のタイトルが「ママン」だからかしら。









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