ブレない私? -自分の意思で決める



東京で3人のブロガーさんと会った。
かみじょーさん(@MinatoWorks)とaiさん(@ai_writer)とご飯を食べ、お茶を飲みながらしゃべり、
奥野大児さん(@odaiji)とは春画展を見て東京散歩をしながらしゃべった。



ブロガーさんと会ったら、ブログの話がメインになると思いきや、そうではなくその人の物語を聞くことができて面白かった。
でもやっぱり他の人たちと話すときよりブログの話題が多く上がった。
その中で、自分のブログやブログを通してのキリエがどう見られているのか、ということがあった。

普段、ガラパゴスブロガーとしてひとり黙々と書いているせいか、あまりそういうことを聞く機会がなかったので、ドキドキした。

そうして出てきたのは
「ブレない」
ということだった。

どうやら、私のスタイルが確立されていてブレない、ということらしい。



迷子になるし、悩むし、流されるし、ゆるゆるのブレブレだと思っているので、なんだか新鮮!

ただ、自分のスタイルについては修行しているような気がする。


まず、ブロガーとしては広島にいるせいか影響される機会が少なかったかもしれない。

PVなどのことも関心がないこともないけど、すんごい数字は他人事で、「研究分析解析実践」を精力的にやっている「有名なブロガーさんのものじゃろう?」と考えている節がある。
あまり、自分のこととして考えられない。

あと、実際にブロガー同士で会う機会がなかったので(現在は広島でも定期的にぶろがー会が開催されている)、ひどく影響されることがなかった。
やっぱり現実に会ってしゃべると随分影響される。
ネット上でのことだと、自分が気に入らなければネットにふれない、あるいはSNSで関わらなければ関りを避けることはできる。

大きいブロガーミーティングにも参加したことはなかったし。

そんなことで安芸の国でひっそりとガラパゴスリクガメキリエとしてのんびり日記ブログを書いていた。




それからスペイン巡礼とその翌年のスイス滞在、そして英語を話す必要性での修行が大きかったと思う。
ヨーロッパ滞在は2年分合わせても5か月に満たないくらいだが、その間、下手ながらも私は英語を使わざるを得なかった。

ヨーロッパでは、自分がどう思うのか、何を欲しているのか、とにかく細かく聞かれる。
日本では「まぁまぁ、そこまで問い詰めるように聞かなくても」と曖昧が許されるが、ヨーロッパではそうでないことも多かった。
これはかなりくたびれることで、「ちょっと放っておいてほしい。なんでもかんでも言いたくない。まだ決めきれない。ゆっくり自分で考える時間がほしい。あるいは思っていても英語ですんなり表現できるほど、私は英語がしゃべれないんだよっっっ!!!」と思うこともしばしばあった。

とにかく、自分で選ぶ。
その選択は自分の責任。
「なんでもいい」は許されない。

これはすごく練習した。
自分の感覚を研ぎ澄まして、自分がなにがしたいか即座に答えられるように訓練された、というほうが合っているかもしれない。


帰国してから、海外旅行の経験が豊富な女性と話す機会があって、
ある男性が、
「自分は『なんでもいい。どこでもいい』と彼女の好きなことをしてもらっている」
と話し、それが彼女への優しさなのだと続けたことが話題となり、
「あれって全然優しくないよねー!」
と意気投合した。

自己決定しない人を連れて行動するのって、すごくパワーがいる。
様々なことを決定するのはとてもパワーがいるし、どこかに行くのも段取りが必要だし、もしそれがつまんないことになって「別に気にしないよ~」と言われてもなんの気休めにもならないからだ。

やりたいこともやりたいけど、たまにはぐいぐい引っ張ってもらうのも好きだもん。
ちょっと休めるし、その人の引き出しやこれまでの歴史が垣間見られるから。



自分の王様は自分」だし、基準が自分の意思決定にあるから「キリエのスタイル」が確立され、「ブレない私」につながっているんじゃないかと思う。


それがいいのかどうかわからないけど。



自分としては常に変化していたいから、「不変」への憧れはない。
「安定」への憧れはあるけれど、毎日海を相手にしているように「同じことは2度とない」というのが好きだなぁ。

破壊と創造のシヴァ神だもんね!





写真は六本木ヒルズの屋上から撮った東京。
ガラス越しではない景色。
反射はなかったが、空気はもやもやしていた。

スゲェよ、山がないよ!
関東平野、デケェ!

広島の中心部は山に囲まれ、6本の川でできたちっちゃなデルタ地帯だからね。
平野なんてないよ。






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