父の茶断ち




今日は父の命日なので、父のことを書いてみよう。

何度か書いたことがあるが、、父と私は本当にソリが合わなかったので、
ちょっと思い出すだけでもイライラしてくるのだが、
これだけはイラつかない思い出だ。






私が中学生の頃、母が大病をした。

父は自営業をし、母はその手伝いをしていた。
母が動けなかったため、配達に人手がいるというので、私がかりだされた。

配達が終わると、配達先のお客さんが父と私のために緑茶と茶菓子を出してくれた。
しかし、父はお茶を飲むことを断った。

そのとき初めて、私は父が茶断ちをしているのを知った。
その理由が母である、ということも。




嗜好品や自分の好きなものを断って、願掛けをすることがある。

母の大病は命を失う危険もあるし、
運がよくても植物人間になる可能性もあった。



父は外面がよく、家族にはつらく当たることが多かった。
中でも母に対する当たり方はひどくて、私は父のことがますます嫌いになった。

そんな父が母のために茶断ちをしていたことは、自分の中で衝撃的だった。


外面がよくワンマンでプライドが高く…
と挙げればきりがないのだけれど、
困った昭和の男らしく、言葉やわかりやすい表現でそういったことを示さない人だった。




ずいぶんしてから、私は母に父の茶断ちのことを話した。

母もとても驚いていた。

そんなことをする人ではなさそうだったからだ。




こんな面もあったのか、と思う一方で、
私は、きちんとことばや態度で相手に思っていることを伝えよう、と強く思う。

ことばにしないとわからないことはいっぱいだ。

 




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