映画「ハウルの動く城」 / 今回はいからずに見たのはなぜ?





「ハウルの動く城」は劇場にも見に行ったし、
TVでの放映も見ているから、
少なくとも今回で見るのは3回目になる。


これまでは、見るたびにいかっていた。
怒りに我を忘れて、目が煌々と赤くなるくらい。

でも、今回は怒りにかられることなく見た。
どうしてだろう?



見た途端、私はうんざりした。
「わー、男のロマンと甘えを女に押しつけんなー!!」
と思った。

同じような感想は「風立ちぬ」を見たときにも持った。



自分の夢ややりたいことを追いかけて、
疲れたら癒しを求め、
いつまでも自分を一途に愛することを求め、
でも女性を注意深く見ることはない。

「あたし、あんたのおかんじゃないわああああ!!」

と、ぐらぐらと内側は煮えたぎるほど、怒りにあふれていた。



そして、
「こういうのが理想、と言われるとたまんないわね」
と思ったものだった。

まぁ、宮崎さんの理想も多分に含まれているんだろうけどさぁ。


作り手が女性なら、
「こんな男、いるわけねぇぇぇぇぇぇ!!」
って、きっと男性が「けっ!!」と言ってしまう作品になることもあるんだろうけど。




怒らなかった今回、なにを気にして見ていたのかというと、
ソフィーの加齢具合だ。


荒れ野の魔女に呪いをかけられたすぐは90歳のよぼよぼのおばあさん、だったけれど、
場面場面で、
「落ち着いた大人の女性」だったり、
「90歳と60歳の間ぐらいのおばあさん」だったり、
様々に変化をする。


ソフィーの自信のなさやいろいろな内面のことが、
外見に表れているんだろうけど、
つかめそうでつかめず、場面は次々と流れていった。




時間が流れ、
私も少しは大人になったのかしら?
なんて、考えてもみる。

いろいろあったわね、ハウルを劇場で初めて見てからこれまで。


このときから変わっていないことが1つあって、
ハウルがソフィーへお花畑をプレゼントするシーンはずっと好き。

きゅんきゅんしちゃうし、
そのたびに
「プレゼントになにがいい?」
と聞かれて
「お花」
とリクエストをするのに、ボーイフレンドから1度もお花を贈られたことがないことも思い出してしまう。

これは怒り、というより
「なによ、乙女心がわかっていないわね!」
とぷんぷんしちゃう。




誰か、宮崎作品と掃除について研究した人っていないのかな?

そういうのも、読みたいな。











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