今、生きていることを語る




「今、生きていることを語る」


土佐いく子さんの講演の中で一番響いたことば。




土佐さんは小学校教諭をされ、
定年後は大学の講師などをされている。

自己表現として
「文章に書く」ことをされていて、
子どもたちにも、日記のような作文のような詩のような
「自分が感じたこと」を書かせて、
それを通して学級を運営されてきた。


自分がなにを書いてもいい場所。

それを受け入れてくれる仲間がいる場所。

そしてそれが先生や保護者など周りの人達にも広がっていき、
その子どもがどんなことを感じ考えているのかという理解につながったり、
「周りに受け入れてもらう」という安心感・信頼感につながる経験をしたりすることになるのだ。

というお話だった。

たびたび「学級通信」ということばを聞いて、
ちょっと懐かしく思った。





土佐さんは大学でも同じようなことをされている。

大学生も「自分のことを聞いてほしい」という欲求でいっぱいだ、とおっしゃった。
そして学生だけでなく、学校の教諭も保護者もみんなそうなのだと。

私も大きくうなづいた。


そして、自分よりはるかに勉強ができる学生が、
自分のような者に話を聞いてほしい、
とやってくるのだ。
と謙遜しながらも話された。

その理由に、
「今、生きていることを語っているからだ」
とおっしゃった。

大学でも小学校の「学級通信」のようなものを週に1回出され、
そこに「週にあったことで自分がいいなぁ、幸せだなぁ、と思ったことを2つ書くようにしている」そうだ。

自分が今生きていることを語っているから、
学生は「自分も語ってみたい。語ってもいいのだ」と思い、話を聞いてほしいとやってくる。と。




「あんなふうに自分を語ればいいんだ。
そしてこの人は聞いてくれる。
表現していないけれど、自分の内側にいろいろなことが渦巻いているんだ」

と、なんだか私も土佐さんの学生になった気持ちでシンクロしていて、
はたと気づいた。


ブログだ!



土佐さんが「学級通信」を書くように、
私はブログで、今生きていることを語ればいいんだ。



書いている内容に変化はないけれど、
自分のブログに対する思いにすっと背骨が入ったような気がした。

今まで背骨がなかったもの。

なかった、というか、きちんと言語化できていなかった、というか。




土佐さんはこうも話された。

そんなに書くことがあるの?と問われるけれど、
自分は朝、カーテンを開いて天気がよければ「幸せだなぁ」と思う。
育ている鉢植えに花が咲いたら「幸せだなぁ」と思う。
それを書いているのだ。




毎日毎日、
冒険続きで、
イベントあり、
パーティーあり、
という人生も楽しいかもしれないけれど、
私の人生は普段は淡々としている。

そういうものが大半で、そういうものを抱きしめて、
これからも歩いていきたいと思う。
















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