映画「思い出のマーニー」/「これは自分のことかもしれない」と多くの人が共感しそう 





台風11号が接近する中、「思い出のマーニー」を見に行った。
前日、NHKで「アニメーションは七色の夢を見る 宮崎吾朗と米林宏昌」を見たばかりで、
その記憶があまり薄れないうちに見たいと思った。


原作はイギリスの児童文学で、
舞台を現代の日本(北海道)に置き換えた作品。


この夏、私にしては立て続けに映画を見ているけれど、
今のところその中で一番共感できて、泣いた作品だ。



主人公の杏奈は中学生になったばかりの12歳で、
心を閉ざし気味で、
ぜんそくの療養のために札幌から釧路に行く。

湿地の向こうにある古い洋館で不思議な少女と出会い…
というのが、物語の始まり。

いろんなことが秘められているので、
内容はこのあたりで書くのをやめようと思う。




作中にも出てきたけれど、
「12歳は多感な年頃だよね」
というのが軸なんだけど。

あの頃の女の子は(男の子はよくわからないけれど)、ハチャメチャだ。

自分がキライで、自分がダイスキで、
つじつまが合わなくて、
イライラして、
メソメソして、
わかってもらいたくて、
わかってもらえなくて、
エネルギーだけが渦巻いていて、
なんだかもう、自分でも持て余していて。


私も人づきあい、というか人間関係を持つのが苦手で。
だってからかわれたりいじめられたりして、不信感もあるし、
女子独特のべとべとしたのもキライだし、
なのに女子校にいたり、
オトナはイヤなことばかり言ったり見せたりするし。



だから杏奈の冒頭や途中に出てくる
絞り出すような、吐き捨てるような独白は、
「あ、それ、知ってる…」
と感じた。



そんな中、魅力的なかわいい女の子と知り合いになって、
不思議な、そして素敵な時間を持つだなんて、
すっごく憧れる。




そんな不器用な杏奈の成長する過程が描かれている作品。
といってしまえば、そうなのだけど、
なんていうか、
その時間を通過してしまってしばらくして、この作品を落ち着いて見られたことは、
私には幸いだった。

まだ生々しすぎるくらいの頃だったら、悶絶して苦しんでいたかもしれない。



杏奈が泣きながらマーニーを許すシーンがあるのだけど、
あそこがもう、
私の泣いちゃうシーンで。

あんなふうに力いっぱい、人と向き合っていけたらいいなぁ。とか。
ここで「絶対に許さないからー!と固執しなくてよかったなぁ、とか。
私だったら、許してないかも。


こういう妥協のなさや余裕のなさが、私の人づきあいが下手な理由なのだと思う。

そして、私と同じように、
「不器用だったわね」
「今も不器用のまんまね」
という人が、この作品に共感しそう。






米林監督のデビュー作「借りぐらしのアリエッティ」より、マーニーのほうが好きだなぁ。

アリエッティはなんというんだろう、
終わりがなんというか、私の中では不完全燃焼だった。

劇場にも見に行ったし、
マーニー公開記念でのTV放送も見たけど、
やっぱり不完全燃焼。






そして、マーニーをもって、スタジオジブリはアニメーションから撤退する。

「仕方ないかなぁ」と思う反面、
「これからどうなるんだろう」と思う。

仕方ない、というのは興行収入のことで。

でもジブリ以外で、ああいう「正統派」の「手間も時間もお金もかかる」作品を作れる場が、他にあるんだろうか。
とも思う。



どうなるのかなぁ。








■余談

ブログ好き、日記を読むのが好きな私なので、
マーニーの日記が全部読みたい。
そして、なんで日本語で書いてあったの?
マーニーは英語で日記を書くんじゃないの?
という疑問を持っちゃった。

ごめん。








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